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蛸田窯・作陶日記

takoden2.exblog.jp
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2009年 09月 16日

もぐさ土を入手

水曜日(晴)28℃

随分ブログの間隔が空いてしまったが、リセットして再開する。

先日、釜戸の材料店からもぐさ土を入手した。いろいろ取り寄せてみたが、やはり京都で出回っているものでは納得できなかったので、
比較的原産地に近い所のものをと思いネットで調べてオーダーした。

早速、茶碗を5点ばかり作ってみたが、結構面白いものができそうで、その感触を楽しんでいる。
いずれ出来上がりをブログにUPします。

その土のことや、志野について調べていて、興味ある文章に出会ったので少し長文だが引用しておく。


「国宝卯の花墻への幻想」              龍村 謙(国宝審査委員)

 土は懐かしい。常に最初は冷ややかに、やがてほのかに体温がうつって、むちむちと、
柔らかく温かい。こね、ひねるにしたがって、掌らを通じて土は、素直に造形されてゆく
のだが、自分の計画通りにはならない。土の持つ性格と理論が、いつもしっかりとしてい
て、作る側の誤謬を指摘する。                          
 土をいじめてはいけない。乾きすぎると、土は老人のようにしわだらけになって、ぼろ
ぼろと死んでゆく。土に水をやるとつやつやするが、湿しすぎると、ずるずる溶けて、泥
水になってしまう。土の中へ中へと、湿しをいれてゆくと、土の全身が若々しく、つやつ
やして、いつでも造形に応じてくれる。親指のあとの深い穴、板の木目のついた面、糸切
りの美しい年輪、そういう美しいものが、瞬間に出来上がり、瞬間に消えてゆく。しかし
我々は、そのどれも捉えることができない。蒼空の雲のように、美しいものが、手の中で
消えてゆく。                                  
 土自身は太古から、土自身である。                       
 陶磁の造形は、その土自身の性格のうけつぎであり、温存である。ノンコウの繊細な注
意力が、精密に削っても、土はいやだとはいわない。                
 光悦が、強い断定を造型しても、つちは、自らの特性が活躍した形として受取り、笑っ
ている。                                    
 乾山の手の中でも、道八の手の中でも、また仁清のロクロの上でも、土は土自身である。
そして、常に微妙に美しい。                            
 この美しさを捉えることが出来れば、名人なのだろう。               
 いや土のみではない。原料の硅石や、銅や鉄も同じである。ごうごうと唸る炎の中で、溶
釉は自らの性質にしたがって、真っ赤な錬獄の中の鬼となっている。メフィストフェレスに
似た、あらゆる宇宙の原素は、燃えたぎり、狂い、怒り、やがて、静かに自分の形どおり、
色どほりに結晶して、陶器製形の上に、その安住地を見出す。            
 かまから出て空気にふれると、あらゆる原素は寒い。「いたい」と、うめき出す。貫入が
入る。しかし姿はかえない。ヒビも、自然に面白くはいり、うまく成功すると、色々の上ぐ
すりは、鍾乳洞のような量感をそなえたまま、安定する。たとえば、この国宝の志野茶碗が
それで、土のほのかな赤みが、白い長石をすいてみえ、かいらぎに似た形体が、大自然の山
嶽を想像せしめる。その中に、微妙な絵付けが、うすく透けて、紫色にみえ、「卯の花墻」
と呼ばれる、あのほのかに、爽やかな薫りがただよう。                
 久々、国宝審査のみぎりにお目にかかったこの銘碗は、ぐいっと、上半分と下半分の、二
つのちがった形が、あいよって形成される形体や、平底の大胆さ、さらに雪崩のように強烈
な釉薬の力、それは何ものも及ばない、自然力の結集である。またその厚み、その姿、その
品格、そこには光悦も及ばぬ人工の、天然に対する配合が存在する。この大自然との合一こ
そ、名工の境涯なのであろう。                           

平凡社「陶器全集」4志野(昭和34年6月30日初版第1刷)付録/月報13より引用

*筆者は「卯の花墻」を国宝に選定した時の委員で、龍村美術織物2代目、梶井基次郎の親友で文章表現にも氏の心意気が伝わってくる。

by takodenkama | 2009-09-16 10:09 | 作陶日記


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